ノーリフティングケア(ノーリフトケア)とは?導入のメリット・デメリット、やり方について
著者: ゲートウェイ
更新日:2023/12/22
公開日:2022/04/27
新しい介護の形として、政府も注目しているものに「ノーリフティングケア」があります。「人力で持ち上げない」ことを基本としたノーリフティングケアは、利用者の満足度向上だけでなく、介護従事者の労働環境の改善にも直結するものです。今回は介護業界で注目を集めているノーリフティングケアについて、導入のメリット・デメリットややり方など詳しく解説します。
目次
ノーリフティングケアとは
ノーリフティングケア(ノーリフトケア)とは、1998年にオーストラリアでスタートした「人力のみの移乗(抱える・持ち上げる等)を禁止し、適切な福祉用具を使用する」といったケアメソッドです。まずはノーリフティングケアが登場した背景やその効果、介護報酬加算との関連性についてみていきます。
ノーリフティングケア誕生の背景
過去にオーストラリアでは多くの看護師が腰痛により離職し、深刻な看護師不足に陥りました。看護師不足の状況を脱するべく、オーストラリア看護連盟は看護師の腰痛予防対策として、1998年にノーリフトをスタート。ノーリフティングケアは腰痛の直接的な原因である人力での患者の抱え上げ・持ち上げを禁止し、患者の自立を考慮して福祉用具を活用するケア方法です。
看護・介護従事者の腰痛問題は日本も例外ではなく、実際に腰痛から離職してしまう人も多いのが現状。抱え上げない看護・介護は従事者の腰痛予防になるだけでなく、安全な看護や対象者の状態に応じた適切な移乗ができるメリットがあります。ケアされる人も人力での移乗に不安を抱えることは少なからずあるため、身体的・精神的な安心にもつながります。
「ノーリフティングケア=福祉用具のケア」ではない
ノーリフティングケアは「抱え上げない」「持ち上げない」「引きずらない」をモットーに、福祉用具を活用したケア方法です。ただし、福祉用具はノーリフティングケアの一環として使用されるものであり、福祉用具を使えばノーリフティングケアというわけではありません。
対象者とコミュニケーションを取りながら適切な福祉用具を使用し、かつ移乗以外のケアでも身体的負担が軽減できるよう体の使い方を工夫することまでがノーリフティングケアです。つまり、力任せのケアをやめ、労働者と対象者の双方に負担のない快適なケアを提供することがノーリフティングケアの考え方といえます。
ノーリフティングケア導入の効果と日本の現状
オーストラリアでは、全土にノーリフティングケアが導入されてから労災申請数・労災申請に伴う費用が低減。導入から1年後には労災申請に伴う申請費用が約46%減少、人力による患者移乗・移動に関するケガは約56%減少と明確な効果が出ています。
一方日本では2013年に「職場における腰痛予防対策指針」が改定され、「人力での抱え上げは、原則行わせない。リフトなど福祉機器の活用を促す」ことが明示されています。しかし、厚生労働省「令和2年 業務上疾病発生状況等調査」によると、看護・介護業界含む保健衛生業は負傷に起因する疾病による休業4日以上の件数が最も多く、その主な原因が腰痛です。全業種の腰痛件数が5,582に対し、うち保健衛生業は1,944と全体の約3割を占めています。また介護事業における労働災害は、動作の反動・無理な動作による腰痛の割合が41%です。さらに腰痛などは介助作業で発生している割合が84%となり、腰痛が原因で1ヶ月以上休業する人が43%もいることがわかっています。
日本では現在でも腰痛を患う従事者が多く、腰痛により離職を余儀なくされる方も少なくないのが現状です。ただでさえ深刻な人手不足である介護業界では、介護人材確保のためにもノーリフティングケアの重要性が高まっています、
ノーリフティングケアと介護報酬加算の関連性
2021年4月に行われた介護報酬改定では、「職場環境等要件」で実施を必須とされる施策に「腰痛を含む心身の健康管理」が含まれました。ノーリフティングケアに関連する実施項目は「介護職員の身体の負担軽減のための介護技術の習得支援、介護ロボットやリフト等の介護機器等導入及び研修等による腰痛対策の実施」とされていることから、介護現場でノーリフトに取り組めば介護職員処遇改善加算の対象となることがわかります。介護報酬加算の対象に加えることで、ノーリフティングケアを導入する介護事業所を増やす狙いがあると考えられます。
ノーリフティングケアのやり方
ここでは、ノーリフティングケアの基本のやり方や使用される福祉用具などをご紹介します。
ノーリフティングケアの基本のやり方
ノーリフティングケアの基本のやり方は、以下の3点です。
・対象者を抱え上げない
・対象者を持ち上げない
・対象者を引きずらない
また、業務中はできる限り中腰の姿勢を減らし、前傾姿勢が必要な時は不良姿勢が続かないよう気をつけることもポイント。力任せの介助をやめ、中腰が続く場面を意識して身体の使い方を変えることが腰痛の軽減につながります。
ノーリフティングケアで使用される福祉用具
ノーリフティングケアで使用される福祉用具には、以下のようなものがあります。
スライディングボード スライディングシート |
滑りやすい素材でできており、車いすからベッド、ベッド内などでの移乗を少ない力で行える |
介助グローブ | 滑りやすい素材でできたグローブで、ベッド上のずれ直しや移乗介助がスムーズに行える |
電動床走行式リフト | 人を吊り上げ、そのままキャスターで移動できる |
スタンディングマシーン | 吊り上げることで座位から立位へ、その逆の動きもサポートしてキャスターで移動できる |
入浴用ストレッチャー | 寝たままの姿勢で入浴できる |
上記以外にもさまざま福祉用具があり、そのほかノーリフティングケアに貢献する介護ロボットなどもあります。福祉用具はノーリフティングケアに役立つだけでなく、これまで2〜3人で行ってきた介助が1人でできるようになるなど業務効率化、ケアの質向上にも貢献します。
ノーリフティングケアで使用する福祉用具は、対象者のニーズや状態に合わせて適切なものを使用すること、正しい使い方を習得して事故を防ぐことが重要です。
ノーリフティングケア実践のために必要なこと
前述したように、福祉用具を使用することだけがノーリフティングケアではありません。ノーリフティングケアを実践するには、まず介助を提供する介護従事者が働き方を変える意識が必要です。
服装は動きやすいように上下伸縮性のある衣類を、足元は安定するように靴を着用しましょう。また、しっかり栄養と休養を取ることで疲労を溜めないように心がけながら、身体をうまく使うためのストレッチや筋トレも定期的に行い自己管理を徹底することが大切です。
ノーリフティングケア導入のメリット・デメリット
ノーリフティングケアはメリットが多いだけでなく、導入の必要性が高いものです。しかし一方でデメリットもあるため、メリット・デメリットの双方を理解しておくことが大切です。
ノーリフティングケア導入のメリット
ノーリフティングケアの最大のメリットは、介護従事者の身体的負担の軽減です。元々ノーリフティングケアは腰痛予防を目的として登場したケア方法であり、発祥の地オーストラリアでは実際に成果も出ているためその有用性は証明されています。
一方、介護従事者だけでなく、介護を受ける対象者にもメリットがある点がノーリフティングケアの魅力。対象者も力任せの無理な介助には身体的・精神的な不安があり、日々行われる移乗介助で皮膚の擦れなど怪我をしてしまう恐れもあります。その人の状態にあった適切な福祉用具を用いた無理のない介助であれば、安全・安心な介助が受けられます。
ノーリフティングケア導入のデメリット
ノーリフティングケアにはメリットがある一方で、福祉用具を揃えるための費用が発生します。予算の少ない介護施設では高価な福祉機器を揃えるのは難しく、導入したくても導入できない施設もあるでしょう。その場合、まずはスライディングボートや介助グローブなど、導入しやすい価格の福祉用具から揃えてみてください。
また福祉用具を安全に使用するには正しい使い方を、福祉用具を使用しないケアでは身体の使い方などを学ぶ必要があります。さらに介護現場でノーリフティングケアの導入と環境整備が進められる人材の育成・配置、介護従事者1人ひとりがノーリフティングケアを実践できるまでの学習コストがかかる点がデメリットといえる部分です。
ノーリフティングケアで介護従事者の労働環境改善かつ介護ケアの質向上が期待できる!
抱え上げない・持ち上げない・引きずらないを基本としたノーリフティングケアは、介護従事者の腰痛予防に効果的なケア方法です。同時に介護対象者へのケアの質向上だけでなく、力任せの介護による身体的・精神的な不安の軽減にもつながります。ノーリフティングケアは双方にとってメリットがあるため、今後介護事業者の間でも積極的にノーリフティングケアは導入されていくかもしれません。
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著者プロフィール
ゲートウェイ
異業種含め、人事採用担当として15年以上のキャリアを積んだ経歴を持つ40代男性。現在はソラストの介護採用スタッフとして活躍している。スタッフの負担軽減のため、IT導入や業務ルールの改善に強みを持つ。